心のブログ 輝きのゆりかご
「 正義感 」
こんにちは。かずてるです。
本日もご訪問ありがとうございます。
世の中を見渡してみましょう。
世界は平和な部分がありながらも、悪がはびこり世を乱すものも数多くみられます。
わたしたち人間は平和を願ってやまない存在です。
だから、悪に対しては毅然とした態度で立ち向かわなければならない。
というのが共通の認識ではないでしょうか。
この感情こそが ” 正義感 ” です。
子供向けのみならず、大人が見るTVドラマや映画においても、主役のヒーローが悪い敵をやっつけるというのはみていても痛快です。
また、ストーリーの締め方としては一番盛り上がる手法です。
悪に立ち向かう ” 正義のヒーロー ” はカッコよくて、憧れの存在として讃えられています。
では、 ” 正義感 ” についてもう少し掘り下げてみましょう。
悪は不要であり、野放しにしておくわけにはいかない。 また、悪を許してはおけないし、裁かれるのは当然だ。悪い奴は徹底的に懲らしめてやろう。
…といった考えに賛同する人も少なくないと思います。
悪は = 罪と罪人(罪を為した者)が合わさったもの とも言い換えられます。
ここで立ち止まってよくみてみましょう。
罪と罪人はひとくくりにはできません。
なぜなら、罪は二度と繰り返されることのないよう根絶すべきものであるのに対し、罪人は罪と同じように根絶すべく葬り去ればいい。という訳にはいかないからです。
罪人は罪を作ったことは非難されてしかりですが、自分と同じ人間がやったという事実を直視すれば、許すという選択があってもよいのではないでしょうか。
もしも自分に近い人が罪人になったなら、その時あなたはその人を裁くことができるでしょうか?
悪を叩いて排除したら、もうおしまい。
それで良いでしょうか?
この世は悪を憎んで、怒りの炎を燃やすことが ” 正義感 ” と捉えられています。
でも、それはニセモノの 正義感 です。
ホンモノの ” 正義感 ” とは、
悪の憎しみに対して憎しみで返すことではなく、罪深い人の行く末もしっかり見届けるというものです。
許しと更正の機会を与え、いつかまた善の道に迎え入れるくらいの大きな器を持ち合わせたならば、
その時、罪人と自分との間には隔てるものがないと気付くでしょう。
今、ホンモノの ” 正義感 ” が求められています。
ホンモノの正義には
憎しみや怒りはない
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